ヒゲおじさんの独り言

事業主の憂うつ

ビル風景

退職金とか企業年金というのは、給与の後払い的な性格を持っていますので、従業員が退職した後に、これらのお金を支払わなければならないというのは企業が負うべき責任の一つです。だからそれらは「退職給付債務」、すなわち企業が負っている“債務”と呼ばれるのです。もっとわかりやすく言えば、企業年金というのは、①企業がお金を出して積立て、②そのお金を運用し、③退職後に従業員に支払うという仕組みになっています。

先週お話した確定拠出年金は、会社がお金を出すところまでは同じですが、そのお金を企業が積み立てて運用し、退職後に支払うのではなく、従業員に渡してしまって運用も従業員にさせるという仕組みですから、企業から見れば退職金を前払いしているのと同じことになります。これによって企業は退職給付債務から解放されることになります。

退職金や企業年金の話題になると、どうもこのあたりが強調され過ぎているような気がします。企業にとって退職給付債務がなくなるというのは財務的なメリットが大きいので、良いことだが、従業員にとっては運用責任を押し付けられるので困ったものだという論調ですね。つまり確定拠出年金は、企業=〇、従業員=×という単純な図式で考えられがちなのです。でもことはそれほど単純ではありません。

受託者責任って何?

受託者責任

従業員にとって確定拠出年金は必ずしも悪い制度ではないということは先週書きましたが、逆に企業にとっても良いことばかりとは言い切れないのです。企業にとって、最大の問題は、確定拠出年金が「事業主の責任」を極めて重いものにするということです。
え?どうして?だって確定拠出年金になったら企業は退職給付債務から解放されるから、むしろ責任は軽くなるんじゃない?財務的には確かにそうです。でも財務の負担から解放される見返りとして企業はもっと大きな負担を背負うことになります。それが「受託者責任」です。

 もちろん確定給付の企業年金においても受託者責任はありますが。私はむしろ確定拠出の受託者責任の方が、重いのではないかと思っています。とても下世話な言い方をすれば、確定給付年金の場合は、基本はお金で解決できる話です。仮に受託者責任が全うできず、AIJ投資顧問みたいなところに騙されたとしてもその分はお金を出しさえすれば解決します。ところが確定拠出年金の場合はそういうわけにはいきません。加入者が運用して損をしても会社はそれを補てんすることはできません。つまりお金では解決できない責任が事業主に課せられるのです。

責任はちゃんと果たされているのか?

社長

確定拠出年金における企業側の受託者責任は色々ありますが、最も大切なのは、
1.運営管理機関の選定責任、2.運用商品の選定責任、そして3.加入者教育の責任ではないかと考えています。

運営管理機関と言うのは加入者と直接接するところですから、どれくらい加入者の立場に立ったサービスを提供してくれるかがとても大切です。残念ながら現在では多くの企業がサービス内容本位ではなく、金融機関との取引関係を重視して運営管理機関を決めているのが実情です。次に運用商品の選定責任も大切です。加入者は自分で世の中にある全ての金融商品の中から好きなものを選べるわけではなく、会社が用意したものの中からしか選ぶことができません。したがって、一定以上の質の高い商品でなければならないはずですが、ここでも取引関係重視で商品が採用されているケースが多いようです。
そして3つ目の加入者教育ですが、制度を導入した以上、加入者が適切に運用できるように情報提供と制度内容等の周知を徹底するのは必須です。にもかかわらず、導入時のみで後は継続教育が全く行われていないところが6割にもなるというデータもあります。

「確定拠出年金は加入者の自己責任」と言われますが、この場合の「自己責任」というのは運用の結果に対する責任ということであり、事業主は加入者が自分で責任を負えるような環境をつくるために商品選定や教育の義務を負っているのです。私は事業主の受託者責任は加入者の自己責任よりも上位にくるべきものだと考えています。そしてこれは制度が続く限り永久に続けていかなければならないものです。安易に確定拠出年金を導入するのではなく、「事業主の憂うつ」も十分考慮した上で判断していただきたいと思います。

ちなみにそれでも私は確定拠出年金の導入拡大には賛成です。